荒木遼太郎、10番として勝負の2年目へ

鹿島アントラーズ

1月29日は荒木遼太郎の誕生日です。

2002年生まれですので今年で21歳になります。

これからさらに飛躍を遂げてほしい選手です。

今回はそんな荒木の紹介です。

荒木は熊本県山鹿市で生まれます。

父親がクラブチームのコーチをしていたこともあり物心をついた頃からボールを蹴っていたそうです。

そして特別に幼稚園生の頃から年上の小学生に混ざって練習をしていました。

そのため幼い頃から上のレベルを体感できていました。

サッカーが好きで仕方ない子供だったようです。

中学生になると地元のロアッソ熊本ジュニアユースに入団し頭角を現していきます。

中学2年生の頃にプロ入りを考え出し、東福岡高校で10番を付けている選手は毎年プロになっているとのことで入学を決意します。

東福岡ではトップ下からアンカーまで中盤の様々なポジションを経験します。

高校3年生では目標通りに背番号10でキャプテンとなりました。

しかし怪我に悩まされ試合に出場できない時期もあります。

全国高校サッカー選手権福岡予選決勝でも途中出場になってしまい0−1で筑陽学園に敗れてしまいます。

そのため高校生最後の年に集大成となる全国大会に出場できませんでした。

ちなみにこの第98回大会では松村優太を擁する静岡学園高校が優勝しています。

その悔しさを胸に2020年に鹿島アントラーズに入団します。

そしていきなりJリーグ開幕戦に高卒ルーキーで途中出場することになります。

鹿島ではクラブ史上、内田篤人以来14年ぶり2人目の快挙でした。

まずは荒木のプロ入り後3年間の成績を振り返ってみます。

2020年
リーグ戦26試合(894分出場)2得点
カップ戦3試合(141分出場)0得点

2021年
リーグ戦36試合(2291分出場)10得点
カップ戦7試合(376分出場)2得点
天皇杯3試合(83分出場)1得点

2022年
リーグ戦13試合(530分出場)1得点
カップ戦4試合(240分出場)0得点

1年目は途中出場が多い中でも流れを変える貴重なスーパーサブとなります。

そして2年目には背番号26から鹿島のエースナンバー背番号13へと昇格しました。

2年目のジンクスを跳ね除けリーグ戦でJリーグ史上2人目の10代での二桁得点を達成します。

ベストヤングプレーヤー賞も受賞しJリーグの顔になった1年でした。

さらに3年目の昨シーズンは背番号10になります。

中学、高校とずっと10番を付けており愛着のある番号で自らが志願しての変更でした。

サポーターの期待値も上がり活躍次第では早くに海外に行ってしまうのではないかと心配したほどです。

しかしレネ・ヴァイラー監督とうまくいかず苦しむことになります。

レネ監督は守備の強度とスプリントの回数と質を荒木に求めます。

荒木の良さは相手のバイタルエリアで味方からボールを引き出してドリブルやシュートをすることです。

両者で考え方が異なり出番は減っていきます。

さらに5月に腰椎椎間板ヘルニアの手術で離脱し最後までなかなか試合に絡めない1年となってしまいました。

今季はプロ入り4年目となります。

また背番号10として2年目であり復活を期する年です。

来年2024年はパリオリンピックが開催されます。

そのため今年は予選も始まり本大会のメンバー入りへ重要な1年となります。

今季の目標は10ゴール10アシストを掲げてくれました。

この目標を達成できたら鹿島のリーグ優勝はかなり現実味を帯びてきます。

自身の初タイトル獲得に向けてぜひチームの力になってもらいたいです。

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