遠藤康、ワン・クラブ・マンならず

鹿島アントラーズ

クリスマスの12月25日に遠藤康のベガルタ仙台への完全移籍が発表されました。

今オフは移籍の噂がありましたが残ってくれるものだと信じていました。

遠藤はここまで鹿島一筋15年でした。

それだけにショックは大きいです。

昨年末に鹿島一筋で23年在籍していた曽ヶ端準が引退しました。

曽ヶ端は晩年出番は少なくなっていましたがベテランとしてチームをまとめてくれました。

そしてワン・クラブ・マン、バンディエラとして引退を決断しています。

次のワン・クラブ・マンは遠藤になるものだと勝手に信じていました。

やはり選手としては出場機会が一番でありなかなか一つのクラブで引退することは難しいと今回の件で思いました。

遠藤は高校時代、塩釜FCという社会人サッカーのクラブに所属していました。

当時はU-18日本代表になったこともありましたが社会人クラブのユースのためほとんど知りませんでした。

しかし左足のキックの精度とボールキープ力で鹿島に目を付けられオファーが届きます。

後のインタビューで本人もまさか鹿島からオファーが来るとは思っていなかったと話していました。

そして2007年に鹿島に入団しますがプロの洗礼を浴びます。

最初の3年間はほとんど試合に出られません。(2007年2試合、2008年0試合、2009年2試合)

ちょうど鹿島が3連覇した時であり小笠原満男、本山雅志、野沢拓也、増田誓志など日本屈指のタレントが揃っていました。

それでも腐らずに努力した結果が2010年から現れ出します。

2010年3月6日の浦和レッズとの開幕戦で途中出場すると86分にマルキーニョスへ教科書通りのクロスを上げアシストを記録します。

この年は若手のスーパーサブとして存在感を出しました。

翌年からは完全にレギュラーになりチームに欠かせない選手になります。

ここ数年はベンチも多くなりましたが出場した際にはチームに安定感をもたらしてくれました。

ここまでJリーグ4回(2007年、2008年、2009年、2016年)、ナビスコ杯3回(2011年、2012年、2015年)、天皇杯3回(2007年、2010年、2016年)、ACL1回(2018年)と11個のタイトルを獲得しています。

タイトルを1つも獲れずに引退する選手も少なくない中、輝かしい実績です。

そして2021年まででリーグ戦304試合46得点という個人成績を残しています。

これは鹿島では歴代7位の記録です。

1位 曽ヶ端準(532試合)
2位 小笠原満男(525試合69得点)
3位 青木剛(376試合8得点)
4位 本山雅志(365試合38得点)
5位 秋田豊(334試合20得点)
6位 本田泰人(328試合4得点)
7位 遠藤康(304試合46得点)

遠藤以外は日本代表でも活躍した選手たちです。

どうしてこれほどの選手が一度もA代表で出場がないのか疑問です。

ただ鹿島ではずっと替えの利かない存在でした。

遠藤は宮城県仙台市出身であり来季から地元のベガルタ仙台で心機一転プレーすることになります。

自身初のJ2でのプレーでもあり色々環境が変わります。

鹿島に残っていれば将来は安泰だったかもしれませんが、茨の道を選択しました。

悔いのないよう全力で挑戦してもらいたいです。

これからの遠藤の活躍を願っています。

来季はカテゴリーが違うため対戦する可能性があるとすれば天皇杯のみです。

できれば対戦してみたいです。

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