白崎凌兵が5月18日に誕生日を迎えました。
1993年生まれなので今年で28歳になります。
Jリーグが誕生したのが1993年5月15日ですので開幕戦の3日後に生まれています。
まさにJリーグの歴史とともに成長して来た選手です。
今回はそんな白崎凌兵をピックアップしました。
まずは来歴を紹介していきます。
東京出身で小学1年生でサッカーを始めました。
そして中学生時代はFC東京U-15むさしに所属していました。
これはFC東京のジュニアユースチームになります。
しかしU-18のユースチームに昇格できず山梨学院大学付属高校に進学します。
ここで才能が一気に開花しました。
2年生で10番を背負い第89回全国高校サッカー選手権に出場します。
2回戦の初戦となる国見高校戦で自らの先制ゴールにより波に乗るとベスト8まで進出しました。
さらに2年生ながら大会優秀選手に選出されています。
3年生時も同じように10番でチームの中心として第90回大会に出場も2回戦(初戦)で敗退してしまいます。
しかしながら各クラブの強化担当からは高校生ナンバー1の評価を受けるほどになっていました。
実際清水エスパルス、鹿島アントラーズ、浦和レッズ、横浜F・マリノス、柏レイソル、そして古巣のFC東京(当時J2)の6チームほどから練習参加やオファーがあったようです。
そして目標とする小野伸二が所属しているとのことで2012年に清水エスパルスに入団が決まります。
鹿島アントラーズもオファーを出したようですが残念ながら振られてしまいました。
鹿島には高体連から伊東幸敏(静岡学園高校)が入団した年です。
高校サッカーの目玉として清水に入団した白崎は2012年3月10日の名古屋グランパスとの開幕戦でいきなり73分に途中出場でJリーグデビューをします。
華々しくプロの世界に飛び込みましたがその後は出場機会がありません。
結局1年目はリーグ戦に7試合0得点という成績で終了しました。
それでも天皇杯2回戦のアルテリーヴォ和歌山戦ではハットトリックを達成しています。
高卒ルーキーが公式戦でハットトリックをするのはなかなか無いことです。
しかし2年目も夏までリーグ戦に1試合しか出場できず2013年8月にJ2カターレ富山へのレンタル移籍を決断します。
富山ではすぐにチームの中心になり1年半の在籍でJ2リーグ戦に50試合も出場しています。
そして2015年にレンタル期間終了に伴い満を辞して清水に復帰します。
そこから清水には4年間在籍しますが攻撃的なポジションのみならずボランチとしても出場していました。
2017年から2年間は10番になりチームの顔でした。
しかし個人成績としては平凡なもので高校時代の輝かしい実績からすると普通の選手になっていました。
プロ入り前は注目の選手でしたがプロ入り後は伸び悩んでいた印象です。
そんな白崎に2019年鹿島はオファーをし入団にこぎつけます。
鹿島は新卒時に獲れなくてもずっと追い続けこのように後から移籍で獲得することが少なくありません。
選手からしたら何度もオファーをもらえば嬉しいですよね。
そんな粘りで獲得した選手の一人です。
そして鹿島での生活が始まりますが怪我もあり目立った活躍はありませんでした。
唯一の活躍と言っていいのが2019年第12節の松本山雅戦です。
この試合は2年前の5月18日の誕生日当日の試合でした。
その試合にスタメン出場すると移籍後初ゴールを含む2ゴールと爆発し5−0の大勝に貢献しました。
まだ2019年の大岩剛監督時代は出番がありましたが2020年にザーゴ監督になってからはほとんど起用されなくなります。
昨年はわずか9試合しかリーグ戦に出場できませんでした。
その傾向は今年も続き白崎も苦しい時期だったと思います。
それがザーゴ監督が解任され相馬直樹監督に代わるとスタメンに定着しチームに欠かせない存在になります。
攻撃は白崎から始まると言っても過言ではないほどの大活躍です。
まだシーズンは半分以上残っていますのでこれからも存分に能力を発揮してもらいたいと思います。
そんな白崎ですが年々プレースタイルが変化しています。
まずは高校時代ですが181㎝と長身ながら足元の技術は優れスケールの大きいドリブラーでした。
ポジションもFWに近く得点に直結するプレーを好んでいました。
しかし現在は白崎自身が単独で仕掛けたりゴールを量産するタイプではありません。
足元の技術がしっかりしていているためボールを失わずキープできサイドバックとの連携で攻撃を組み立てていきます。
さらに視野の広さでサイドにボールを散らしたり前線へのスルーパスで決定機を演出したりと黒子に徹するプレーが多くなっています。
本当に受け手に優しいパスで顔立ちからもその特徴がにじみ出ています。
また攻撃センスは抜群ですが守備も手を抜かない選手です。
それはレンタル移籍で行ったカターレ富山時代にチームのためにプレーをするということを意識するようになったようです。
このように元々は攻撃で目立つ選手でありましたが今はチームのために汗をかける選手に成長しています。
私は若手時代の白崎のプレースタイルも好きでしたが今はもっと好きになりました。
高校時代の注目度からすれば現在は日本代表になっていてもおかしくありませんでした。
白崎自身も描いていたサッカー人生になっていないかもしれません。
それでも今は鹿島アントラーズに来てから最も輝いています。
本当に活き活きとプレーしていて観ていてワクワクします。
鹿島史上背番号41は白崎凌兵ただ一人です。
今後鹿島の41番と言えばすぐに白崎が思い浮かぶような活躍を期待しています。
|
コメント