最後の大物はベベト

鹿島アントラーズ

Jリーグ草創期にはブラジルからスーパースターが続々と入団しました。

アントラーズサポーターに名前が知れているのはジーコ、レオナルド、ジョルジーニョかと思います。

そしておそらくその中に入るくらい有名な選手が入団してます。

2000年に入団しているベベトです。

鹿島ではリーグ戦8試合1得点でシーズン途中に退団しています。

そのため記憶に残っていない方も少ないないでしょう。

しかしベベトの選手としての実績はどんでもないです。

まず代表での活躍です。

ブラジル代表では75試合で39得点もしています。

このセレソンでの39得点はジーコ(48得点、歴代5位)に次ぐ歴代6位の記録です。

サッカー大国ブラジル史上の中でベスト10に入っているのですからすごいとしか言いようがないです。

そして1990年、1994年、1998年と3度もW杯に出場しています。

1994年アメリカ大会は優勝メンバーです。

オリンピックも1988年、1996年(オーバーエイジ)と2度出場しています。

1996年のアトランタオリンピックで日本代表が初めて公式戦でブラジル代表に勝ったマイアミの奇跡の試合にも出場していました。

次にクラブではスペインのデポルティーボで大活躍でした。

昨年はこのチームに柴崎岳が所属していましたので名前を知っている方もいるのではないでしょうか。

そして1992-93シーズンはラ・リーガで得点王にもなっています。

近年チームメイトに子どもが生まれるとゴール後にゆりかごパフォーマンスをすることが定番となっています。

ベベトはそのゆりかごダンスの生みの親です。

1994年のアメリカW杯の準々決勝オランダ戦でゴールを決め、自身の子どもの誕生を祝うゆりかごダンスが世界中に広がりました。

そんなベベトは実は全盛期の1995年に鹿島入り入団の噂がありました。

当時はネットはないため新聞か雑誌で読んだと思いますがかなりワクワクしました。

しかし正確な理由はわかりませんがその時に入団は実現しませんでした。

阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件が原因とも言われてます。

その後も鹿島側はずっとアプローチしていたらしく最終的にはジーコの誘いで5年後の2000年に入団しています。

日本での成績は上記の通りです。

ベベトをフィットさせようと当時のトニーニョ・セレーゾ監督は注力しました。

しかしなかなかうまくいかず1stステージは8勝7敗で8位に沈みます。

そして入団からわずか4ヶ月後に退団しました。

ベベト退団後チームは息を吹き返し2ndステージを優勝しチャンピオンシップで横浜F・マリノスを倒しリーグ優勝。

さらにナビスコ杯、天皇杯も制し史上初の国内3冠を達成しました。

なんとも皮肉な結果です。

世界的なスーパースターが鹿島でここまでフィットしなかったのはここまでベベトしかいません。

ほろ苦く懐かしい想い出です。

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