植田直通のAマッチ初ゴールは5年前のデジャブ

日本代表

2020年の日本代表初ゴールは植田直通でした。

10月13日のコートジボアールとの親善試合でアディショナルタイムに得意のヘディングで叩き込み日本に勝利をもたらしました。

元鹿島アントラーズで現在はベルギーのセルクル・ブルージュでレギュラーになりつつあります。

こういった活躍を見ると非常に嬉しく思います。

またアシストとなったFKを蹴ったのが柴崎岳でした。

こちらも元鹿島でアントラーズホットラインのゴールでさらに嬉しかったです。

最近植田は日本代表に定着しつつあります。

しかし代表ではCBの3番手です。

どうにか吉田、冨安の牙城を崩してほしいですね。

そんな日本代表の植田ですがここまで順調に来たわけではありません。

日本代表も初めてメンバーに選ばれたのは2015年の1月でした。

そして出場したのは約3年後の2017年12月12日のE-1の中国戦でした。

異色の経歴でもありますが小、中学校はテコンドーをやっており中学時代には日本一になっています。

そのため本格的にサッカーに打ち込んだのは高校になってからのようです

熊本の大津高校では1年からレギュラーになり超高校級のCBとしてかなり注目されていました。

そしてJ1の6チーム以上からオファーがあったと噂されていました。

その中から鹿島を選んで2013年に入団します。

植田自身かなり自信があったようで「1年目から早い段階でレギュラーに定着したい。」と目標を口にしていました。

しかしプロの壁は厚く1年目はリーグ戦の出場は0に終わります。(ナビスコ杯2試合、天皇杯1試合出場)

そして2年目、3年目も出場試合は増えましたがレギュラーにはなれませんでした。

そんな中、他チームから移籍の話はあったようですが鹿島で何も成し遂げていないと残留します。

こういった気持ちのある選手は応援したくなりますね。

そして2016年終盤に一気にレギュラーを勝ち取ります。

2016年のリオデジャネイロオリンピック、2018年のロシアワールドカップにメンバー入りします。

しかしW杯では出場機会はなく更なる成長を求め、同年夏にセルクル・ブルージュへ移籍することになります。

2年半コンビを組んだ昌子源とのCBは鹿島史上最強だったのではないのでしょうか。

植田はフィジカル、空中戦の強さを全面に出したプレースタイルのためよく頭を流血し包帯を巻きながらプレーしていたことを思い出します。

なんと2016年末までで顔面を69針縫っているとのことです。

前置きが長くなりましたが植田の国際Aマッチ初ゴール後のコメントで「岳くんから最高のボール、J初ゴールを思い出した。」とありました。

植田のJリーグ初ゴールは2015年4月16日の1stステージ第6節の柏レイソル戦です。

その時は今回と逆のメインスタンドから見て右側のゴールでしたが柴崎からの右足のFKを頭でピンポイントで合わせるというかなり似ている状況でした。

チームでも日本代表でも同じようなゴールというのはなかなかありません。

そして両試合とも勝利していますのでなおさら記憶に残っていたのでしょう。

今回日本サッカーミュージアムではそんな植田直通のユニフォームが展示されているとのことで見に行ってきました。


こちらは10月16日からで展示終了日は未定とのことです。

植田の初ゴール時のユニフォームを見られる機会は最後だと思いますので近隣の方はぜひ行ってみてください。

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