語り継ぎたい鹿島アントラーズの激闘【クラブ創設30周年】

鹿島アントラーズ

1991年10月1日、(株)鹿島アントラーズFCが設立されました。

そして2021年10月1日にクラブ創設30周年を迎えます。

鹿島アントラーズはオリジナル10(1993年開幕時の10チーム)のラスト1枠を射止めたクラブです。

当時の川淵三郎チェアマンにはJリーグ加盟の可能性は99.9999%ないと言われました。

それでも0.0001%の可能性を信じ難題をクリアしJリーグ入りを決めました。

そしていきなりJリーグ初年度のファーストステージ優勝に始まり今ではJクラブ最多の20冠を達成しています。

他クラブのサポーターからしたら獲得したタイトルを考えれば羨ましがられるかもしれません。

しかし私は逃したタイトルも鮮明に覚えています。

嬉しい想いも悔しい想いも多くしてきました。

これも鹿島アントラーズが存在していなければ味わえかった感情です。

本当に鹿島アントラーズには感謝しかないです。

自分が死ぬ日まで鹿島アントラーズを応援していきたいと思っています。

これまで国内公式戦1302試合、国際公式戦108試合を戦ってきました。(9月30日現在)

今回は色々な想い出がある中で印象深い1試合を選んでみました。

2001年12月8日 Jリーグチャンピオンシップ第2戦ジュビロ磐田戦(カシマサッカースタジアム) ○1−0v

こんな劇的なリーグ優勝はもうないでしょう。

1stステージ王者のジュビロ磐田と2ndステージ王者の鹿島アントラーズの対戦です。

1996年から2002年までJリーグの王者は鹿島と磐田しかなっておらず2強時代で良きライバルでした。

ただ当時の磐田のチームの完成度は鹿島を上回っていたかもしれません。

この年の公式戦ではリーグ戦2試合、ナビスコカップ2試合を戦い1分け3敗と勝てていませんでした。

そして第1戦も2点を先行され鈴木隆行も退場するという劣勢でした。

そこからラスト10分で同点に追い付き第2戦に臨んでいました。

勢いでは完全に鹿島でしたが流石の磐田でした。

中盤を支配し磐田の猛攻が続きます。

その中でも鹿島がチャンスを伺い一進一退の内容です。

非常に見応えのある試合でハラハラしっぱなしの展開でした。

試合は90分で決着が付かず延長戦に突入です。

延長でもジュビロが攻撃を仕掛けてきますが曽ヶ端準を中心とした堅い守備でどうにか凌ぎ切ります。

そして100分にスーパーサブの本山雅志のドリブル突破がファウルを誘い良い位置でFKを得ます。

このFKを小笠原満男が直接ゴールをしました。

延長Vゴールだったので決まった瞬間に年間チャンピオンが決定するという劇的な幕切れでした。

以下にJリーグ公式チャンネルのYouTubeを貼り付けておきます。

【もう一度見たいあの試合】2001サントリーチャンピオンシップ 第2戦 鹿島アントラーズ vs ジュビロ磐田 ハイライト

秋田豊と中山雅史のマッチアップは常に白熱していました。

また大岩剛が磐田にいるのも懐かしかったです。

現監督の相馬直樹も試合には出場しませんでしたがベンチ入りをしていました。

この年はこの1度しかジュビロに勝てませんでしたがそれがチャンピオンシップだったのは勝負強かったという一言に尽きます。

ちなみにカシスタの公式戦の最多観客動員はこの試合で40,115人です。

他にも2009年第34節浦和レッズ戦や2016年チャンピオンシップ第2戦の浦和レッズ戦が記憶に深く残っています。

その中で当時のライバル関係や力関係、また試合展開など総合的に判断しこの試合を選びました。

やはりリーグ優勝が最も価値が高くそれがVゴールで決まったというところにもの凄く興奮したことを覚えています。

おそらくリーグ戦に関してはDAZNマネーがあるため1ステージ制から変わることはないでしょう。

そのためこれ以上の興奮があるかはわかりません。

それでも優勝は心から嬉しいものです。

リーグ優勝は2016年以降遠ざかっています。

2017年は最終節で優勝を逃すという深い悲しみに暮れました。

ここ2年はスタートダッシュに失敗し全く優勝争いに絡むことができていません。

来年2022年こそは鹿島アントラーズに関わる全ての人が喜べる結果が達成できるよう祈っています。

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