鹿島アントラーズvsジュビロ磐田【タイトルを争った激闘】

鹿島アントラーズ

5月3日は第11節ジュビロ磐田戦がカシマサッカースタジアムで行われます。

ジュビロが2020年、2021年とJ2にいたため3年ぶりの対戦です。

久々の対戦で非常に楽しみです。

鹿島アントラーズとジュビロ磐田はタイトルを獲得し始めた時期が被っており長くライバル関係でした。

お互いの存在があったからこそ質の高いサッカーを目指すことができました。

1996年から2002年までの7年間はこの2クラブしかリーグ優勝をしていません。

鹿島は1996年、1998年、2000年、2001年の4回、磐田は1997年、1999年、2002年の3回と互角の優勝回数です。

2強時代でありJリーグのナショナルダービーと呼ばれていました。

そして当時は2ステージ制でありチャンピオンシップで勝った方がJリーグチャンピオンになるという制度でした。(1996年のみ1ステージ制)

その内3回チャンピオンシップで鹿島vs磐田というカードでしたので振り返ってみます。

1997年
12月6日第1戦 ●2−3v
12月13日第2戦 ●0−1
未だに歴代最強と言われる鹿島アントラーズと初タイトルに燃えるジュビロ磐田との対戦でした。
第1戦では前半40秒、後半1分とともに立ち上がりに中山雅史に決められ2点のビハインドを負います。
しかしその後は鹿島の一方的な試合で62分にビスマルク、終了間際の88分にマジーニョのゴールで延長戦に持ち込みます。
そしてPK戦突入もよぎり出した119分に清水範久に左足でビューティフルゴールを決められてしまい初戦を落とします。
この影響が第2戦にまで響きます。
磐田は41分に古賀琢磨が退場しており鹿島は数的有利ではありましたが得点が奪えずスコアレスドローで時間が進みます。
延長戦での勝負を考慮に入れてもよかったのですが81分にGK佐藤洋平が中山をキックフェイントで交わそうとしたところを奪われます。
そして強引に蹴り込んだボールは無常にもネットを揺らしてしまいました。
まさかの2連敗で鹿島のリーグ優勝は叶いませんでした。

1998年
11月21日第1戦 ○2−1
11月28日第2戦 ○2−1
2年連続でチャンピオンシップが同じ顔合わせです。
この第1戦でも開始早々の前半6分にドゥンガのFKを室井市衛がハンドをしPKを取られます。
このFKも室井が藤田俊哉を倒して取られたものであり気持ちが浮ついていたのかもしれません。
これを8分に中山雅史に左隅に決められいきなりビハインドを負います。
その後は中々得点を奪えませんでしたが73分にビスマルクのスルーパスから柳沢敦のクロスに長谷川祥之が頭で合わせて1−1の同点とします。
このまま試合終了かと思われた111分にドラマは待っていました。
ビスマルクのCKから混戦になりジョルジーニョがシュートします。
これをGKが弾いたところを室井が詰めて決勝弾を叩き込みます。
PK献上を帳消しにする最高のゴールでした。
第2戦目は前半40分に鹿島が先制をします。
ビスマルクのFKに秋田豊が頭でドンピシャに合わせました。
これでジュビロの張り詰めていた気持ちが切れたのか42分にビスマルクの直接FKで2−0とします。
ジュビロも黙っているわけではなく後半は猛攻を仕掛けてきます。
85分に藤田俊哉に1点を返されるも2−1で勝利し2連勝で前年のリベンジを達成しました。

2001年
12月2日第1戦 △2−2
12月8日第2戦 ○1−0v
鹿島は1stステージが6勝1分け8敗の11位と鹿島史上初の二桁順位という不名誉な順位でしたが、2ndステージでは13勝2敗で優勝しチャンピオンシップに進出してきました。
対する磐田は年間を通して好成績だったため年間勝ち点は17も離れていました。
しかもこの年の公式戦は対磐田が1分け3敗と全く歯が立たない相手でした。
しかしチャンピオンシップで意地を見せてくれます。
第1戦では早々の12分に服部年宏、55分に中山雅史に決められ0−2となりました。
さらに38分に鈴木隆行が退場しており10人での時間が長く、試合も圧倒され正直心が折れ始めていました。
しかし80分にCKからのワンチャンスで秋田豊がヘディングで1点を返し鹿島が蘇ります。
すると直後の84分に途中交代で入ったばかりの平瀬智行がゴール前のこぼれ球を蹴り込み2−2のドローに持ち込みました。
平瀬はこの年絶不調でシーズン23試合出場でノーゴールだったのです。
そんな男が大一番で最高の仕事をやってのけました。
初戦が10人で劣勢の中しかも0−2から追いついた状況で完全に流れは鹿島に来ていました。
第2戦はホームカシマサッカースタジアムで観客数は40,115人というカシスタでの最多観客動員試合となっています。
試合内容は一進一退でしたが徐々にジュビロが押し込んできます。
何度か決定機がありましたが曽ヶ端準を中心とした堅い守備でどうにか0−0で試合が進みます。
鹿島はスーパーサブの本山雅志を51分に投入し状況を打破しようとしますがこの采配が勝負を決めました。
本山のドリブルにジュビロのディフェンス陣が対応できなくなってきます。
そして101分にその本山へのファールで得た絶好のFKを小笠原満男が直接ゴールをしました。
当時は延長Vゴールだったので決まった瞬間に年間チャンピオンが決定するという劇的な幕切れでした。
この直接FKは何度も映像で流れているため記憶に残っているサポーターも多くいらっしゃるでしょう。

さらに1997年はナビスコ杯決勝も同じカードでした。

しかもこの年のカップ戦はホームアンドアウェーの2戦合計という変則的な決勝です。

そのため1997年はナビスコ杯決勝、Jリーグチャンピオンシップで鹿島vs磐田が4週連続で行われるという今度2度と無いであろう日程となっていました。

1997年
11月22日第1戦 ○2−1
11月29日第2戦 ○5−1
第1戦は前半34分にFKからのこぼれ球を秋田豊が芸術的なループシュートで先制します。
ヘディングのイメージがある秋田ですがこの大舞台では足で魅せてくれました。
しかし直後の35分に名良橋晃が2枚目の警告で退場になり数的不利に立たされます。
ここから鹿島は粘りを見せますが74分に中山雅史にゴールを抉じ開けられます。
10人という状況とアウェーでの第1戦ということを考えれば同点で終えられれば御の字でした。
ただ鹿島はこの試合をこのままで終わろうとは思っていません。
反撃に転じ87分のジョルジーニョのPKで2-1と勝ち越して試合を終えます。
そして1週間後はカシマサッカースタジアムでの第2戦です。
初戦での勝利とホームのアドバンテージがあり選手はのびのびとプレーしていました。
結果は5-1と全くジュビロを寄せつけず2戦合計7-2と圧勝でナビスコ杯初優勝を成し遂げています。

過去の通算では4度の決勝での対戦で3度優勝しているため相性は良いのかもしれません。

ただ磐田との決勝戦はなぜかいつもホームアンドアウェーであり1発勝負の決勝戦はありません。

これほどリーグ優勝を争っていたのに天皇杯決勝での対戦は1度もないのです。

1月1日に国立競技場でジュビロと戦ってみたいです。

また今季のルヴァン杯もジュビロはグループステージ突破の可能性を残しています。

鹿島とはプレーオフステージで当たってしまう可能性もありますが、できれば回避して決勝で対戦したいですね。

もう20年以上も前の話ですがライバルとの激闘は色濃く記憶に残っています。

再度語り継がれるような名勝負が見たいものです。

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