今回このテーマを見て即答される方も多くいらっしゃるかもしれません。
皆さんの頭にまず浮かぶのはジーコでしょうか。
アントラーズの草創期の礎を作った選手であり間違いない事実です。
開幕戦のハットトリックは衝撃でした。
そしてサントリーシリーズ(第1ステージ)優勝に繋がります。
そこから一気に鹿島アントラーズが全国区になりました。
ただジーコは第2節で肉離れにより長期離脱しており選手としてはほとんど出場していません。
レオナルドやジョルジーニョも現役のブラジル代表でプロとしての姿勢を示してくれました。
しかし在籍期間が短く、あくまで今回はデータ上誰なのかということで調べてみました。
まずは所属期間です。
上記2人が5年所属していました。
2人とも鹿島がタイトルを獲り出した第1次黄金時代の選手です。
そしてビスマルクはリーグ戦出場試合数でも137試合でトップでした。
とにかくボールのキープ力が抜群でキックの精度も正確でした。
当時は直接FKのゴールも多く、コーナーキックからも幾度となく起点になっていました。
若き日の小笠原満男に絶大な影響を与えた選手です。
また彼は1997年に2個(ナビスコ、天皇杯)、1998年に1個(リーグ)、2000年に3個(リーグ、ナビスコ、天皇杯)、2001年に1個(リーグ)と7個のタイトル獲得に貢献しています。
ブラジルでは引退した後の選手の凄さはタイトル数で判断されると言います。
現在は代理人業を行っておりますので鹿島での功績は活きているでしょう。
そしてリーグ戦のゴール数は59点でマルキーニョスです。
2008年はアントラーズ史上初の得点王に輝いています。
2007~2009年のリーグ3連覇は彼なしでは成し遂げられませんでした。
ゴール以外にもしっかり守備もしこちらは若き日の興梠慎三に影響を与えています。
またゴールの記録ではジーコが引退試合で41歳104日で決めています。
その試合が最年長出場記録にもなっています。
ジーコはリーグ戦で通算14得点でしたがインパクトのあるゴールが多かったです。
逆に最年少出場はイゴールで18歳158日でした。
父親はジーコとともに鹿島の草創期に活躍したアルシンドです。
親子2代の所属はクラブ史上初の快挙でした。
残念ながら息子のイゴールは1年間のみの所属で2試合に出場しただけで契約満了により退団しています。
今は香港の富力R&Fというチームで現役を続けています。
そして最後の最年少ゴールはカイオです。
高卒で入団し2014年4月6日の第6節ガンバ大阪戦で19歳352日でゴールを決めています。
どれも懐かしい記録ですね。
近々これらの外国籍選手の記録は更新されないと思われます。
エヴェラウドが数年後にマルキーニョスのゴール数を超えることが1番可能性は高いでしょうか。
記録はいつか更新されるものです。
最初に誰の記録が超えられるか楽しみですね。
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