かつて鹿島アントラーズの苦手クラブは清水エスパルスだった

鹿島アントラーズ

10月29日は第33節清水エスパルス戦がIAIスタジアム日本平で行われます。

ともにオリジナル10のクラブであり今回がリーグ戦64試合目の対戦です。

そのため幾度の名勝負がありました。

これまでのリーグ戦通算成績ですが63試合行っており、31勝7分25敗と6つの勝ち越しをしています。

今でこそ鹿島アントラーズが唯一負け越しているのは川崎フロンターレであります。

しかし実はJリーグ開幕時から鹿島がずっと苦手としていたのは清水エスパルスでした。

そのため未だに勝率は49.2%と鹿島の中では低くなっています。(全体では1021試合で560勝152分309敗の勝率54.9%)

鹿島と清水は1993年5月22日にサントリーステージ第3節でリーグ戦初対戦します。

そこで1−2と逆転負けを喫します。

今はまず使われることが無くなった草薙総合運動公園陸上競技場が舞台でした。

そしてこの敗戦が3試合目で鹿島にとってリーグ戦初黒星となります。

この試合を含め対清水は3連敗で鹿島の中に苦手意識が埋め込まれてしまいます。

1995年にはリーグ戦で4度対戦がありましたが全敗するという衝撃もありました。

徐々に鹿島の方が分がよくなり2017年のダブルでようやく通算成績をタイに戻しました。

Jリーグ創設から24年もかかっています。

それ以降は6つの貯金ができているわけです。

本当に長い間苦手な相手だったわけですが形勢が逆転した試合がありました。

それはリーグ戦ではありませんが2012年11月3日のナビスコカップ決勝です。

その1週間前にはリーグ戦があり2週連続で同じ顔合わせという珍しい試合でした。

まずは10月27日にホームで行われた第30節は1−2で敗戦となります。

シュート数では鹿島が圧倒するも清水のしたたかさの前に悔しい結果となります。

清水のエース大前元紀に決勝点を決められました。

これで鹿島はJ2降格も視野に入り出します。

それでも次はタイトルがかかった大一番であり下を向いている暇はありませんでした。

2012年11月3日ナビスコ杯決勝 ○2-1(延長)
若き日の2人の選手が躍動した試合でした。
1人目は当時19歳で背番号23の昌子源です。
相手エース大前元紀のマークのために左サイドバックで出場でした。
本職ではないにもかかわらず完全に封じ込めました。
後に本来レギュラーだった新井場徹から色々とアドバイスを受けていたと語っていました。
新井場も決勝でスタメンを外されて悔しかったでしょうが後輩にアドバイスをするなどすばらしい人柄です。
感動的なエピソードでした。
もう1人は当時20歳の背番号20の柴崎岳です。
73分に2列目から絶妙な飛び出しでPKを得ると自身で決めました。
ベンチに笑顔で一目散に走っていく姿は今では考えられません。
その直後の77分に不可解なPKを取られ大前元紀に決められてしまい1-1で延長戦に入ります。
そして延長開始直後の93分にまたしても柴崎が大仕事をします。
増田誓志のサイドチェンジから西大伍が繋いで柴崎が右足で叩き込みます。
1点目のPK奪取時と似たような飛び出しでしたが今度は相手DFは止めることすらできませんでした。
この柴崎の2ゴールで清水に競り勝ちます。
MVPは文句なしで柴崎が受賞しました。

この決勝戦で勝利すると以降は苦手意識が無くなります。

そして今では通算成績で勝ち越しまでできるようになりました。

ただ清水のホームIAIスタジアム日本平では未だに公式戦29試合で11勝5分け13敗と負け越しています。

それでも清水がJ1に復帰した2017年以降は4勝1分と負けていません。

今節も勝利し早くアウェイでも勝ち越せるようにしていきたいですね。

これまで上田綺世が清水戦ではゴールを量産しリーグ戦6試合で6ゴールと決めまくっていました。

上田はマリノスキラーとして有名でしたがエスパルスキラーでもあったのです。

その上田はベルギーに旅立ってしまい鹿島にはいません。

新たなエスパルスキラーの出現に期待したいです。

またクォンスンテ、安西幸輝は清水との公式戦で6勝1分と負けがありません。

さらに鈴木優磨も5勝1分と負け知らずです。

このように今では鹿島が有利なデータが並ぶようになっています。

彼らに試合を決める決定的な仕事をしてもらいたいです。

今節は清水の方がJ2降格が迫っておりモチベーションは高いです。

それでも鹿島も負けるわけにはいきません。

リーグ戦8試合ぶりの勝利でサポーターに久しぶりの歓喜を届けてもらいたいです。

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