舩橋佑は小笠原満男の後継者

鹿島アントラーズ

7月12日は舩橋佑の誕生日でした。

2002年生まれで今年高卒で加入したばかりなので19歳になります。

まだプロとして一歩を踏み出したばかりでありこれからの鹿島アントラーズを背負う選手です。

常にうまくいくわけではない厳しい世界ですので焦らず着実にチームでの定位置確保に向けて努力して欲しいと思います。

そんな舩橋ですがザーゴ前監督の終盤には評価が非常に高くなっていた選手です。

第7節浦和レッズ戦で77分に途中出場でデビューを飾ると第8節柏レイソル戦ではスタメンで出場します。

リーグ戦で連続して2試合に出場し一気にブレイクするかと思われました。

しかし次の第9節コンサドーレ札幌戦でザーゴ監督が解雇されると風向きが変わります。

相馬監督になりルヴァン杯での出場こそありますがリーグ戦でベンチ入りすら1試合もありません。

監督の好みもありますし、さらにこの時期に同ポジションのディエゴ・ピトゥカが合流しました。

少し運が悪かったですね。

舩橋にとってライバルの出現で今後もすぐに出番がやってくるとは思えません。

ただ18歳265日でのリーグ戦出場は鹿島史上11位の年少記録でした。

高卒ルーキーの出場機会がなかなかやってこない鹿島アントラーズで既にデビューしているのは素晴らしいです。

ピトゥカやレオ・シルバと壁は高いですがいずれはポジションを奪い取って欲しいです。

そして舩橋は鹿島つくばジュニアユース、鹿島ユースと鹿島一筋の選手です。

現在アカデミー・アドバイザーを務める小笠原満男の指導を受けていただけのことはあり鹿島のサッカーを熟知しています。

やはり魅力は攻撃のスイッチを入れる縦パスです。

サポーターが湧くようなプレーができる選手ですのでもっと見たいです。

そしてユース出身となるとチームの戦術を理解しているため早く馴染めるような気がします。

しかし鹿島はそんなに甘くないクラブです。

そもそもで鹿島ユース出身でトップチームに上がった選手は33名しかいません。

Jリーグが1993年に開幕してから今年で28年目です。

そのため平均するとユースから1年に1人ほどしか昇格できないという狭き門です。

さらにこの33人の中でリーグ戦に出場できたのは舩橋を含め17人しかいません。

せっかくトップチームに昇格できても半数は1試合も出場できずに退団になっています。

そしてトップに昇格したルーキーイヤーにリーグ戦に出場できた選手はどれほどいるのか調べてみました。(7月13日時点)

吉澤佑哉(2005年) 1試合0得点

土居聖真(2011年) 2試合0得点

鈴木優磨(2015年) 7試合2得点

垣田裕暉(2016年) 3試合0得点

山田大樹(2020年) 2試合

舩橋佑(2021年) 2試合0得点

このようにたった6人しかいませんでした。

野沢拓也は高校3年生で2種登録された1999年に1試合出場しましたがトップ昇格した2000年は出場がありませんでしたので除いています。

本当にプロで出場するだけでも一握りの選手にしかできないことだと思い知らされます。

レジェンドである曽ヶ端準や現在所属の町田浩樹や沖悠哉ですら1年目にはチャンスがありませんでした。

そう考えると舩橋は2試合に出場しており期待が窺えます。

さらに背番号からもクラブの期待を感じます。

ルーキーイヤーの背番号34は出世番号です。

2009年の大迫勇也、2015年の鈴木優磨と海外に羽ばたく選手の背番号になっています。

もう少し実績が出たら舩橋には40番を背負って欲しいです。

そして小笠原満男のようにチームを勝たせ、タイトルを獲得できる選手になってもらいたいと思います。

にほんブログ村 サッカーブログ 鹿島アントラーズへ
にほんブログ村

コメント

タイトルとURLをコピーしました