荒木遼太郎には鹿島の10番にふさわしい活躍でタイトルをもたらしてほしい

鹿島アントラーズ

今季2023年の鹿島アントラーズのタイトル獲得には荒木遼太郎の活躍が欠かせないと思っています。

荒木は2020年に東福岡高校から鹿島に入団しました。

そしていきなりJリーグ開幕戦に高卒ルーキーで途中出場しています。

鹿島では内田篤人以来14年ぶり2人目の快挙でした。

主に途中出場が多い中でも流れを変える活躍で1年目から貴重な戦力となります。

2年目には背番号26から鹿島のエースナンバー背番号13へと昇格しました。

よく2年目のジンクスという言葉を聞きます。

しかし荒木にはそんな心配は必要ありませんでした。

清水エスパルスとの開幕戦で先制ゴールを決める幸先の良いスタートを切ります。

そのまま勢いに乗るとリーグ戦でJリーグ史上2人目の10代での二桁得点を達成します。

ベストヤングプレーヤー賞も受賞しJリーグの顔になった1年でした。

さらに年末には1月21日の国際親善試合ウズベキスタン戦の日本代表に選出されます。

結局新型コロナウィルスの外国人の新規入国停止により試合は中止となりましたが確かな手応えはあったはずです。

そして昨季の2022年は更なる飛躍のため背番号10へと変更になります。

中学、高校とずっと10番を付けており愛着のある番号で自らが志願しての変更でした。

サポーターも期待値が上がり活躍次第では早くに海外に行ってしまうのではないかと心配したほどです。

それがレネ・ヴァイラー監督とうまくいかず苦しむことになります。

レネ監督は守備の強度とスプリントの回数と質を荒木に求めます。

しかし荒木の良さは相手のバイタルエリアで味方からボールを引き出してドリブルやシュートをすることです。

両者で考え方が異なり出番は減っていきます。

さらに5月に腰椎椎間板ヘルニアの手術で離脱し最後までなかなか試合に絡めない1年となってしまいました。

これを糧にして復活を期する1年が始まろうとしています。

まずはここで荒木の3年間の成績を見てみましょう。

2020年
リーグ戦26試合(894分出場)2得点
カップ戦3試合(141分出場)0得点

2021年
リーグ戦36試合(2291分出場)10得点
カップ戦7試合(376分出場)2得点
天皇杯3試合(83分出場)1得点

2022年
リーグ戦13試合(530分出場)1得点
カップ戦4試合(240分出場)0得点

最初の2年間が良すぎました。

2021年はチームの順位がもう少し上であればベストイレブンでもおかしくない成績を残しています。

しかし高卒選手の3年間としては十分な実績を積んでいます。

それではかつて背番号10や背番号13を付けた選手の入団3年間はどうだったのでしょうか。

荒木と同じように高卒で加入した選手を振り返ってみます。

柳沢敦
1996年
リーグ戦8試合(485分出場)5得点
カップ戦6試合(260分出場)1得点

1997年
リーグ戦25試合(1299分出場)8得点
カップ戦9試合(523分出場)2得点
Jリーグチャンピオンシップ2試合(88分出場)0得点

1998年
リーグ戦32試合(2219分出場)22得点
カップ戦5試合(356分出場)0得点
Jリーグチャンピオンシップ2試合(130分出場)0得点

3年目に得点力が開花しました。
そしてエースにまで上り詰めます。
得点だけでなく動き出しにも鋭さが増し多くのチャンスを演出します。
1997年に新人王、1998年にはJリーグベストイレブンにも輝きました。

本山雅志
1998年
リーグ戦1試合(23分出場)0得点

1999年
リーグ戦18試合(914分出場)0得点
カップ戦2試合(179分出場)0得点

2000年
リーグ戦18試合(600分出場)6得点
カップ戦3試合(133分出場)1得点
Jリーグチャンピオンシップ2試合(14分出場)0得点

鹿島史上最高の背番号10となった本山も2年目にようやくスーパーサブに定着し始めます。
3年目も同じようなポジションでしたがリーグ戦初ゴールを決め徐々に頭角を表しました。
絶好調時のドリブルは誰にも止められませんでした。

興梠慎三
2005年
リーグ戦8試合(149分出場)0得点
カップ戦4試合(225分出場)1得点

2006年
リーグ戦10試合(124分出場)0得点
カップ戦10試合(202分出場)0得点
天皇杯2試合(59分出場)0得点

2007年
リーグ戦22試合(496分出場)6得点
カップ戦7試合(227分出場)0得点
天皇杯3試合(60分出場)0得点

歴代でもJリーグを代表するFWとなった興梠も2年間は苦しみます。
3年目からようやく出場機会が増えてきてリーグ戦初得点も決めました。
それでもまだベンチ要員という扱いでありレギュラーになったのは翌年4年目からです。

安部裕葵
2017年
リーグ戦13試合(272分出場)1得点
カップ戦1試合(29分出場)1得点
天皇杯2試合(93分出場)2得点
ACL1試合(29分出場)0得点

2018年
リーグ戦22試合(1146分出場)2得点
カップ戦2試合(153分出場)0得点
天皇杯5試合(403分出場)1得点
ACL8試合(503分出場)1得点

2019年
リーグ戦14試合(645分出場)1得点
天皇杯1試合(72分出場)0得点
ACL6試合(254分出場)0得点

安部も3年間はほぼベンチ要員でした。
ただドリブルという武器があり途中出場で相手の嫌がるプレーをしました。
2年目にはベストヤングプレーヤー賞を受賞しています。
そして3年目の夏にバルセロナBに移籍をしました。

このように鹿島のレジェンド達と比べてもここまでの荒木の成績は遜色ありません。

おそらく荒木は今季背番号10として2年目のシーズンを迎えることになるでしょう。

なぜか鹿島では近年10番が定着していませんでした。

2016年に柴崎岳、2017年は空き番号、2018年は半年間金崎夢生、2019年も半年間安部裕葵、2020年、2021年は空き番号です。

10番の選手は1年以内に移籍してしまっています。

しかしそれ以前は本山雅志が2002年から2015年まで14年間も付けていました。

荒木と同じ東福岡高校出身であり鹿島で一時代を築いた偉大な選手です。

鹿島で最も10番として試合に出場し9個のタイトルをもたらしています。

今は時代が違うので本山と同じような活躍をする選手がいたらすぐに海外に引き抜かれてしまいます。

そのため10番として多く試合に出場することも多くのタイトルを獲得することもできなくなってしまいました。

だからこそ短期間でインパクトのある成績を残してほしいです。

荒木には本山も達成できなかった二桁得点、二桁アシストをぜひ目標にしてもらいたいですね。

荒木がこのくらいの成績を残せたら自ずとチームの成績も上位に来るはずです。

その先にはきっとリーグ優勝が待っていると信じています。

そしてシーズン後に海外へと飛び立ってもらえたら本人もサポーターも満足できるでしょう。

そのような未来が訪れるよう応援しています。

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