鹿島アントラーズの左利きのゲームメイカーと言えば

鹿島アントラーズ

鹿島アントラーズというチームが誕生してから今年2022年まで241人の選手が所属してきました。

そしてほとんどの選手が右利きでした。

左SBや左SHもレギュラーは歴代でもほぼ右利きの選手が務めています。

元々左利きの選手は少ないのですがこれほど偏った編成も珍しいのでは無いでしょうか。

そのため左利きの選手は希少性からも深く記憶に残っています。

特にMFで司令塔タイプは左利きというだけで華やかに見え攻撃にアクセントを加えてくれました。

ここでこれまでどのような左利きのゲームメイカーがいたのかを振り返ってみたいと思います。

成績は鹿島アントラーズ所属時のものです。(6月19日現在)

レオナルド(1994年8月〜1996年7月)
リーグ戦49試合30得点
ジーコの引退により鹿島の10番として迎え入れられます。
直前の1994年アメリカW杯にレギュラーとして出場していた現役のセレソンの加入ということで大きな話題となりました。
そして期待通りの活躍をしてくれます。
1995年11月1日のニコスシリーズ第19節横浜フリューゲルス戦で決めたリフティングゴールは、Jリーグ20周年企画「Jクロニクルベスト」で過去20年のゴールで第1位に選出されました。
鹿島でこれからという時にパリ・サンジェルマンに移籍をしてしまいました。

阿部敏之(1995年〜1999年、2005年)
リーグ戦71試合3得点
筑波大学を2年生で中退して鹿島アントラーズに入団するという珍しい選手でした。
左足のキックが非常に絵になる選手でした。
入団時がちょうど鹿島が強豪になりつつある時期で出番はなかなかやってきません。
1997年にCFZに武者修行に出ると復帰後は少しずつ出場時間を増やしていきます。
絶対的なレギュラーではありませんでしたが魅力的な左足でした。

フェルナンド(2003年〜2006年)
リーグ戦102試合19得点
鹿島がちょうど無冠であった4年間に所属した選手です。
日本に来てからトニーニョ・セレーゾ監督にボランチとしての才能を見出されます。
正確な長短のパスからFKという武器もありました。
地味な印象ですが中盤に欠かせない選手でした。

ダニーロ(2007年〜2009年)
リーグ戦77試合6得点
2005年にサンパウロでクラブワールドカップを制し世界一を経験しています。
その後鹿島に移籍しリーグ3連覇に貢献しました。
絶対的なレギュラーではありませんでしたがクローザーとして起用されます。
それでも自分の仕事をしっかりとやり遂げます。
ボールキープが素晴らしく本当に助っ人して活躍してくれました。
鹿島退団後の2012年にコリンチャンスで2度目のクラブワールドカップを制覇しています。
キャリア通算25個のタイトル数が凄さを物語っています。

遠藤康(2007年〜2021年)
リーグ戦304試合46得点
鹿島の歴代左利き選手で最もリーグ戦に出場しています。
またクラブ歴代7位の出場数です。
抜群のボールキープ力からキックの精度が高く得意のシュートレンジも持っていました。
また直接FKでいくつもゴールを決めています。
鹿島一筋で引退するかと思いましたが出場機会を求めてベガルタ仙台に移籍してしまったことは残念で仕方ありません。

セルジーニョ(2018年7月〜2019年)
リーグ戦43試合15得点
2018年のACL制覇の立役者です。
夏からの加入にもかかわらずACLでは6試合5得点と大暴れでした。
ゲームメイカータイプではありませんがフィジカルが強く左足のパワーシュートがありました。
試合で消える時間があってもしっかり得点を決め攻撃の選手として頼りになりました。
まだ今年で27歳と若いので鹿島復帰の可能性もあるのではないかと期待しています。

ディエゴ・ピトゥカ(2021年〜)
リーグ戦38試合2得点
そして現在所属のピトゥカです。
サントスのレギュラーであっただけありJリーグでは別格です。
典型的な司令塔で鹿島の攻撃を牽引しています。
時折見せるドリブルも効果的で相手DFにとっては捕まえにくい選手でしょう。
今季鹿島にタイトルをもたらす選手になって欲しいです。

このように左利きの選手は数が少ない分記憶に残っています。

右利きの選手にはないプレーの間がありチームへ編成に必要なピースです。

今ではピトゥカがその役割を担っています。

どうしてもサッカーはチームスポーツなのでタイトルを獲得したかが評価の対象になります。

今季は6年ぶりのJリーグ奪還をしピトゥカには歴史に名を残して欲しいです。

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