柴崎岳がまたしても苦境に立たされ始めました。
今季はスペインのラ・リーガ2部のCDレガネスに所属しています。
レガネスは昨シーズンは元日本代表監督のハビエル・アギーレ氏が指揮を執っていましたがチームが2部に降格し解任されています。
柴崎は昨シーズンはラ・リーガ2部のデポルティーボ・ラ・コルーニャでプレーしていましたがが、スペイン3部に降格したことによりシーズン開始のギリギリの9月4日に契約がまとまりました。
本人は3部でも残留を希望していたと報道にありましたが、日本代表の森保一監督が代表のためにも下のカテゴリーでは困るというような話をし移籍を決断したようです。
序盤はチームの調子がよかったのですがここ5試合リーグ戦で勝ちがなくホセ・ルイス・マルティ監督が解任されます。
ホセ・ルイス・マルティは柴崎がスペインでのキャリアをスタートさせたテネリフェの監督で良き理解者でありました。
しかし柴崎が先発した直近の公式戦8試合は4分4敗であり、先発しなかった公式戦は6連勝中でした。
そのため後任のアジエル・ガリターノ監督の初采配の試合では柴崎を先発から外して勝利をしています。
CDレガネスはラ・リーガ2部で勝ち点37(11勝4分け7敗)で6位です。(2021年2月7日現在)
まだ上位に食らいつくチャンスがあるだけにこのままでは新監督の構想から外れてしまう可能性があります。
これまで日本からスペインに行ってからクラブでうまくいっているとは思えません。
そもそも移籍最初から出鼻を挫かれます。
まず鹿島アントラーズから2017年1月31日にスペイン2部リーグのCDテネリフェへと初の海外移籍をしました。
しかし直後から練習にも参加できず胃腸炎で体重激減や不安障害でホテルに引きこもりなどとと不穏な報道が流れ退団騒動まで出ていました。
結果的にデビューも3月18日の第30節のレウス・デポルティウ戦で途中出場と2ヵ月ほどかかっています。
その後はポジションを奪い2017年7月17日にはラ・リーガ1部のヘタフェに移籍します。
移籍直後の9月16日第4節のFCバルセロナ戦で1部初ゴールを決めます。
前半38分に世界のバルセロナを黙らせる先制の左足ダイレクトボレーを叩き込みます。
鹿島時代の2016年クラブW杯決勝でレアル・マドリードから2得点を決めておりビッグクラブであるレアルとバルセロナの両クラブから得点を奪った初の日本人という記録を作りました。
レアル戦、バルセロナ戦の合計3ゴール全てが左足のゴールというのがおもしろいですね。
しかしこの試合で左足中足骨の骨折をし2ヵ月と離脱となったため復帰後からは全くチームの構想から外れてしまいます。
そして2019年7月14日にラ・リーガ2部のデポルティーボ・ラ・コルーニャと契約し1年間を過ごします。
柴崎はまずまず試合に出場できていましたがチームは一時最下位を経験するなど3部リーグ降格となっています。
このようにスペインでは正直成功しているとは言い難いです。
2016年の鹿島でのクラブW杯や2018年の日本代表としてのロシアW杯を見るともっと世界的な選手になってもおかしくありません。
そんな柴崎は若い頃から将来を有望された選手でした。
名門青森山田高校で1年生から背番号10を付けるという異例の天才高校生でした。
そして高校2年生の時にアントラーズ史上最速で入団内定をしています。
2011年に土居聖真、昌子源、梅鉢貴秀と高卒同期4人で入団します。
この年は1992年生まれでプラチナ世代と言われタレント揃いでした。
その中でも最も早く活躍しJリーグも2011年4月29日のJ1第8節アビスパ福岡戦でデビューしており後半戦にはレギュラーになっています。
高卒1年目ながら13試合に出場し確実に将来の鹿島を背負う選手になるであろうと予感しました。
すると翌年にはすぐにレギュラーポジションを奪ってしまいます。
その2012年にはナビスコカップ決勝で2ゴールを挙げ自身はMVPを獲得しチームを優勝に導きます。
さらにJリーグではベストヤングプレーヤー賞を受賞と飛躍を遂げます。
そして2016年には伝統の背番号10になりJリーグ、天皇杯の2冠に貢献します。
上記にもありましたがクラブワールドカップではレアル・マドリード相手に2得点を決め世界一まであと一歩のところにまで迫りました。
また日本代表としても活躍しています。
日本代表の国際Aマッチには2014年9月9日のベネズエラ戦でデビューしいきなり初ゴールも決めます。
その後は1年ほど呼ばれていましたが2015年末から2017年は代表に縁がなくなります。
そして2018年ロシアW杯直前でレギュラーになるとそこから確固たる地位を築きました。
W杯本大会でも4試合全てに出場し、決勝トーナメント1回戦のベルギー戦では原口元気へのワールドクラスのスルーパスを出しゴールをアシストしています。
そのW杯が終わった直後の7月16日に真野恵里菜さんと結婚したことを報告していました。
かなりお似合いのカップルですね。
ここまで国際Aマッチは通算49試合3得点となっています。
鹿島アントラーズに所属していた選手の国際Aマッチの出場数の上位は以下の通りです。
内田篤人 74試合2得点
柳沢敦 58試合17得点
相馬直樹 58試合4得点
中田浩二 57試合2得点
鈴木隆行 55試合11得点
小笠原満男 55試合7得点
柴崎は28歳で歴代7位につけています。
まだまだ現役バリバリのため内田を抜くのは時間の問題と思われます。
鹿島初の100試合出場をぜひ達成してほしいです。
そして一時は東京オリンピックのオーバーエイジ枠候補で常に名前が上がるようになっていました。
柴崎自身は2012年のロンドンオリンピックの世代でありその時は残念ながら選出されませんでした。
こちらもオリンピックが無事に開催されれば日本のメダル獲得のためぜひ選出してほしいと思います。
鹿島アントラーズや日本代表とは対照的にスペインではまだ輝いていません。
これまで何度も逆境を乗り越えてきました。
現在もレガネスで厳しい立場にいることは間違いないです。
ここから這い上がり柴崎岳の名をもっと世に知らしめてほしいと思います。
その柴崎はレガネス加入時は3年契約と報じられていました。
現在の契約は2023年の夏に終了になります。
2年後アントラーズに復帰するのでしょうか。
そのために10番が空いているのかと勘繰ってしまいます。
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