Jリーグ史上そして鹿島史上最強の助っ人マルキーニョス

鹿島アントラーズ

1月30日のFOOTBALL ZONEの記事でマルキーニョスが特集されていました。

すごく懐かしく思うとともにJリーグ時代のことをよく覚えていてくれてありがたかったです。

その中でJリーグで最も記憶に残る試合に2007年第33節浦和レッズ戦を挙げていました。

この試合は引き分けでも優勝を逃すことになり絶対に負けられない試合でした。

完全アウェイのあの試合に勝てたから最終節の大逆転優勝に繋がっています。

ただ優勝が決まった試合でも自身がゴールを決めた試合でもないところを選ぶあたりに人柄が出ています。

また鹿島のサポーターに自分のチャントが作ってもらえて嬉しかったとも書いてありました。

そのようなエピソードが知れて非常に嬉しかったです。

写真も載っており日本にいた時と変わらないハンサムで安心しました。

来日の計画も立てているとの事でコロナが落ち着いたら会えるといいですね。

タイトルにもあるようにマルキーニョスはJリーグ史上一番活躍した外国籍選手です。

身長は176㎝と決して大きくはありませんでしたが体は強くパワフルなシュートが持ち味でした。

ミドルシュートがあったため相手ディフェンダーからしたら嫌なフォワードだったでしょう。

またヘディングも強くオールラウンダーなストライカーでした。

それでいて前線で守備もきっちり行うところがどのクラブでも重宝された理由だと思います。

途中退団も含めて15シーズンと外国人として最も長くプレーしています。

どのチームでもレギュラー格として出場しJ1通算333試合出場は外国籍選手で1位の大記録です。

さらにJ1リーグでの152得点歴代6位で外国籍選手で1位と様々な記録を持っています。

これまでJリーグにはブラジル代表の現役選手や世界のレジェンド達が多く参戦してきました。

しかしブラジルの世代別代表にすらなったことがない選手が日本でトップの成績を保持しているとはおもしろいものです。

マルキーニョスは2001年の25歳の時にJ2降格の危機に瀕していた東京ヴェルディ1969に途中加入します。

そこで14試合の出場ながら8得点でJ1残留の救世主となりました。

そして2002年もヴェルディでプレーします。

その後2003年には横浜F・マリノスでリーグ優勝に貢献しましたがたった1年で構想外になり翌2004年にジェフユナイテッド市原に移籍します。

ジェフでも14試合で12得点と量産体制に入りますが9月に左アキレス腱を断裂し途中退団しブラジルに帰国となります。

しかし翌年の2005年のシーズン途中に清水エスパルスに加入すると14試合9得点の成績を挙げてまたしてもJ1残留に貢献します。

2006年には清水で29試合11得点と来日6年目にして初めて年間を通じてレギュラーとしてコンスタントに出場します。

そこで2007年に鹿島アントラーズからオファーがあり移籍してくることになります。

これまでの活躍でJリーグでは名の知れた外国人ではありました。

ただ得点力はあるものの何か使いづらい印象もありました。

そのため鹿島のサポーターもなぜマルキーニョスを獲ったのかと最初は懐疑的でした。

しかし鹿島在籍時の4年間がキャリアハイの活躍を見せます。

4年連続2桁得点で2007〜2009年はリーグ3連覇、2007、2010年は天皇杯優勝と毎年タイトル獲得に大きく貢献します。

そして2008年にはMVP、得点王、ベストイレブンと個人賞を総なめにしました。

今だに鹿島の歴史の中で得点王になったのはマルキーニョスただ一人です。

また鹿島アントラーズの外国籍選手でリーグ59得点は歴代1位です。

これほどの活躍を見せますが世代交代を理由に2010年で鹿島を退団してしまいます。

結果論ですがマルキーニョスは晩年でも得点力は健在でした。

もう2、3年くらいは契約しても活躍できたのではないかと今でも思ってしまいます。

そして2011年は波乱の年でした。

鹿島からベガルタ仙台に移籍した直後に東日本大震災に遭います。

いくら日本に慣れ親しんでいるとはいえ異国の地での大災害は不安であったでしょう。

さらにマルキーニョスは婚約者がこの年の4月上旬に誕生日を迎えてブラジルの法律で結婚が許される16歳になった後に結婚する予定でした。

当時マルキーニョスは35歳でしたのですごい歳の差婚ですね。

結果的に奥様やブラジルにいる家族の希望もあり仙台を退団し帰国します。

この年は残りのシーズンを母国アトレチコ・ミネイロでプレーしました。

しかし翌年にまた日本に帰ってきます。

2012、2013年を横浜F・マリノス、2014、2015年をヴィッセル神戸でプレーします。

この頃は30代も後半でしたが2012〜2014年は3年連続の2桁得点でした。

最後の2015年は練習態度で当時のネルシーニョと衝突しその後の試合でメンバー外になったことで退団し帰国、そのまま引退となりました。

当時は他のJクラブからオファーがあり現役を続けるようなコメントもありましたが引退を選んでしまったことは残念です。

このように日本にいた15年間は波乱万丈でした。

現在はブラジルの出身地マットグロッソ州で約3600ヘクタールという広大な牧場を経営し牛3000頭を飼育しているそうです。

またフットバレー(ビーチバレーのサッカー版)選手として現役を続けています。

そのため体型も顔も変わっていなかったんですね。

日本を去ってから丸5年が経ちましたがこうして情報が入ってくることを嬉しく思います。

もうJリーグでマルキーニョスを超える外国籍選手は出てこないでしょう。

これからも更なるご活躍を遠く日本から祈っています。

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