鹿島アントラーズ伝統の背番号3の男たち

鹿島アントラーズ

1991年10月1日、(株)鹿島アントラーズFCが設立されました。

鹿島アントラーズはオリジナル10(1993年開幕時の10チーム)のラスト1枠を射止めたクラブとして知られています。

当時の川淵三郎チェアマンにはJリーグ加盟の可能性は99.9999%ないと言われました。

それでも0.0001%の可能性を信じ難題をクリアし奇跡のJリーグ入りを決めたクラブです。

そこから現在まで30年以上の月日が経過しています。

その中で歴史は刻まれ、いくつかの背番号は意味を持つ重要な数字となりました。

その1つに背番号3があります。

3番はCBのレギュラーとしてだけでなく、ディフェンスリーダーの証となりました。

体を張った魂が込められたプレーで最終ラインを支えます。

時にはセットプレーから自らのゴールでチームを勝利に導きました。

まさに勝敗に直結する重要な選手が背番号3を背負ってきたのです。

今回はそんな歴代の背番号3を成績とともに振り返っていきます。

リーグ戦の成績は背番号固定制となった1997年以降の鹿島所属時のものです。

秋田豊(1997年〜2003年)
リーグ戦 195試合16得点
Jリーグベストイレブン 4回 (1997年、1998年、2000年、2001年)
JリーグチャンピオンシップMVP (1998年)
Jリーグ優勝 4回 (1996年、1998年、2000年、2001年)
ナビスコカップ優勝 3回 (1997年、2000年、2002年)
天皇杯優勝 2回 (1997年、2000年)

1993年の入団当初は背番号2を付け右サイドバックでの起用でした。
そこから徐々にセンターバックとして定着します。
対人、空中戦の強さは圧巻でした。
タイトルを懸けた大一番での勝負強さが印象的でした。
鹿島の背番号3のCB像を作り上げた偉大な選手です。

金古聖司(2004年〜2005年)
リーグ戦 22試合3得点
Jリーグ優勝 3回 (2000年、2001年、2008年)
ナビスコカップ優勝 2回 (2000年、2002年)
天皇杯優勝 1回 (2000年)

東福岡高校の2年生の時に3冠を達成した超高校級センターバックでした。
また高校サッカー選手権ではCBながら得点王にもなっています。
鳴り物入りで鹿島に入団もルーキーイヤーに左膝十字靭帯断裂及び、左膝半月板損傷で全治1年間の大怪我を負います。
その後もなかなか出場機会が無い中で背番号3を継承します。
怪我が無ければどれほどの選手になっていたか見てみたかったです。

岩政大樹(2006年〜2013年)
リーグ戦 241試合27得点
Jリーグベストイレブン 3回 (2007年、2008年、2009年)
Jリーグ優勝 3回 (2007年、2008年、2009年)
ナビスコカップ優勝 2回 (2011年、2012年)
天皇杯優勝 2回 (2007年、2010年)

秋田と同じく対人、空中戦に強さを発揮します。
そして岩政も3番となったことでこの番号に箔が付きました。
前人未到の3連覇に大きく貢献しクラブのレジェンドの1人となりました。
2009年4月29日のヴィッセル神戸戦でリーグ戦クラブ通算1000得点を決めるなどDFの最多得点記録を持っています。
そんな選手が今や監督です。

昌子源(2015年〜2018年)
リーグ戦 110試合6得点
Jリーグベストイレブン 2回(2016年、2017年)
Jリーグ優勝 1回 (2016年)
ナビスコカップ優勝 3回 (2011年、2012年、2015年)
天皇杯優勝 1回 (2016年)
ACL優勝 1回 (2018年)

米子北高校からプラチナ世代の一員として入団します。
入団時の背番号は23でいつか十の位が取れて3番になってほしいとクラブから願いが込められていました。
そしてサポーターもずっと昌子の成長を楽しみにしていました。
その期待通りの選手となりしっかりと3番を受け継ぎます。
2016年での劇的なリーグ優勝や2018年の初のアジア制覇と節目には昌子がいました。

奈良竜樹(2020年)
リーグ戦 6試合0得点

コンサドーレ札幌のユース出身で早くから世代別の日本代表となり、将来を嘱望されていました。
怪我でリオデジャネイロオリンピックのメンバー入りはできませんでしたがこの世代を代表するCBでした。
川崎フロンターレでは2連覇を達成した黄金時代の主軸となります。
そんな有望な選手が鹿島に加入し、いきなり3番を付けることになりました。
前任の昌子のような活躍を期待しましたがほとんど試合に絡めません。
鹿島でのプレーは1年で終わりました。

奈良が退団後2021年から2年間空き番号になっていました。

これまで3番が2年間空いていたことはありません。

ずっとあの男の帰還を待っていたのでしょうか。

その期待に応え今季2023年から昌子が2度目の背番号3を背負うことになりました。

昌子はトゥールーズ、ガンバ大阪と満足なパフォーマンスを出せていませんでした。

この期間は怪我もあり苦悩の日々だったと思います。

サポーターはかつての昌子の姿が残像として残っています。

しかし鹿島でプレーしていた時から4年も経っており肉体的な衰えはあるはずです。

全てがうまくいくとは思えません。

ただ鹿島に必要とされて戻っており気持ちは満ち溢れているはずです。

ここから心機一転やってくれると信じています。

新しい昌子源の活躍を楽しみにしています。

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