鹿島アントラーズのルーキーイヤーの成績【1993年~2006年】

鹿島アントラーズ

これまで鹿島アントラーズには236人の選手が所属してきました。

中には多くの試合に出場しクラブのレジェンドになった選手や1試合も出場せずに退団になった選手など様々です。

そしてそれらの選手には必ず加入した1年目のルーキーイヤーがあります。

厳しいプロの世界ですので1年目から活躍するのは中々難しいです。

その中でも1年目からチームの戦力となり貢献してきた選手もいます。

今回は各年で1番リーグ戦に出場したルーキー選手をピックアップしてみました。

高卒、大卒は関係なく選出しています。

果たしてどれほどの活躍を見せてくれていたのでしょうか。

1993年
秋田豊 35試合0得点

Jリーグ初年度にいきなりルーキーとしてレギュラーを奪取しました。
未だに鹿島アントラーズのルーキーイヤーの最多出場記録です。
ただこの時はジーコの推薦で右サイドバックとして主に出場です。

1994年
相馬直樹 28試合0得点

現鹿島アントラーズの監督です。
左サイドを駆け上がり切り返しからの右足のクロスは忘れられません。
6月15日のジーコの引退試合でアシストしたのも相馬でした。

1995年
阿部敏之 14試合0得点

筑波大学を中退し21歳の年に入団します。
左足から繰り出させる長短のパスは魅力的でした。

1996年
柳沢敦 8試合5得点

Jリーグの13クラブからオファーがあっただけのことはあります。
高卒ながらシーズン終盤は切り札になりました。
そして初のリーグ優勝にも貢献しています。

1997年
該当者なし

1998年
中田浩二 5試合1得点

流石に黄金世代でも鹿島の層の厚さには敵いません。
それほど出番は与えられませんでした。
それでも唯一ゴールを決めています。

1999年
該当者なし

2000年
内田潤 8試合0得点

3冠を達成した年に駒澤大学を卒業し加入しました。
日本代表で不動のレギュラーであった名良橋晃が同ポジションにいたため出番は少なかったです。

2001年
青木剛 8試合0得点

この世代屈指のボランチが入団です。
いきなり開幕前のゼロックススーパーカップに鹿島史上初の高卒ルーキーが出場し話題となります。
流石に1年目から大活躍とはなりませんでしたが鹿島のレジェンドの仲間入りをしました。

2002年
石川竜也 6試合1得点

大型の左利きの左サイドバックで既にアンダー世代の日本代表でした。
相馬に憧れて鹿島入団を決めるも出番は限定的でした。
左足のプレイスキックは正確でもっと見たかったです。

2003年
深井正樹 22試合2得点

駒澤大学では巻誠一郎と大学史上最強の2トップと呼ばれていました。
そして開幕戦ですぐに初出場を果たします。
161cmと小柄でしたが前線を活性化してくれました。

2004年
岩政大樹 18試合4得点

後に鹿島の背番号3を背負うセンターバックになる選手です。
シーズン当初は苦戦するも終盤はがっちりレギュラーポジションを確立しました。
この頃から得点の取れるCBでした。

2005年
興梠慎三 8試合0得点

当時は爆発的なスピードで相手DFをぶっちぎっていました。
彼も後に背番号13となり鹿島のエースに成長しました。
Jリーグでも歴史に残るFWとなりました。

2006年
内田篤人 28試合2得点

言わずと入れた鹿島史上最高の高卒ルーキーです。
クラブ史上初の開幕戦でスタメン出場をしました。
18歳で既に完成された選手でした。

前半戦はここで終了します。

懐かしい面々でした。

やはり1年目から活躍している選手はその後しっかりレギュラーになれている印象です。

特に開幕から2000年代半ばまではルーキーでも活躍している選手が多くいました。

そして鹿島アントラーズだけでなく日本代表にもなっています。

鹿島所属の選手が代表戦に出場していると応援にも熱が入りました。

次回は2007年以降を紹介しますので楽しみにしておいてください。

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