2001年、2011年そして2021年【part2】

鹿島アントラーズ

前回は創立10周年の2001年を振り返りました。

本来は一つにまとめたかったのですが長くなり過ぎましたので二つに分けさせていただきました。

今回は創立20周年の2011年がどのような年であったかを振り返っていこうと思います。

なんと言ってもこの年はクラブの意気込みが感じられる年でした。

前年の主力クラスではマルキーニョスとの契約を延長しなかったことには驚きましたが大岩剛の引退のみと戦力を維持します。

その上で西大伍(アルビレックス新潟)、本田拓也(清水エスパルス)、アレックス(ジェフユナイテッド市原・千葉)と国内屈指の実力者とポルトガル1部リーグのニオン・レイリアで得点ランキング2位のカルロン、アルシンドの息子のイゴールと5人も移籍で獲得します。

さらにプラチナ世代の高卒ルーキー柴崎岳(青森山田高校)、土居聖真(鹿島ユース)、昌子源(米子北高校)、梅鉢貴秀(関西大学第一高校)の4人が入団しました。

9人の新加入は鹿島史上最多人数でした。

その他にもモンテディオ山形にレンタル移籍していた田代有三、増田誓志の2人を復帰させると戦力アップは計り知れませんでした。

どの選手も期待値が高くオフシーズンは楽しみしかありませんでした。

この年からユニフォームの胸スポンサーがTOSTEMから現在のLIXILになっています。

当初は見慣れませんでしたが11年も経つとLIXILの方がしっくりきており格好良く見えます。

そして2010年に天皇杯を制しているため2月26日にゼロックススーパーカップに出場します。

これがこの年初の公式戦になりました。

前年のJリーグチャンピオンの名古屋グランパスとの対戦です。

結果は先制されますが66分に野沢拓也の直接FKで同点としその後もチャンスは作ります。

しかし逆転はできず1−1でPK戦に突入し1−3で敗れました。

それほど重要視される試合ではないとは言えシーズン最初の試合を勝つと負けるとでは気持ちの面でだいぶ変わってきます。

その直後の3月2にはACLでアウェイ上海申花に乗り込み0−0のドローでした。

そして本命のリーグ開幕戦もすぐにやってきます。

3月6日にホームで大宮アルディージャを迎えました。

過密日程ではありましたが大宮相手でしたので勝って波に乗りたいところでした。

しかし先手を取られ追いつくを3度繰り返し93分にオウンゴールで3−3のドローに持ち込むのがやっとでした。

怒涛の攻めも実らず大型補強が結果に出ないもどかしさだけが残りました。

結果が出ないチーム状況でありましたがきっかけがあれば上昇すると信じ3月12日の第2節アウェイ清水エスパルスでは選手を鼓舞しようと参戦の準備を整えていました。

その前日の3月11日に東日本大震災が発生します。

Jリーグは4月17日まで全ての試合が延期になります。

アントラーズもカシマサッカースタジアムやクラブハウスなどの施設が大きく損壊してしまい3月15日から27日までチーム活動が休止になりました。

この時は本当にサッカーどころではなくなってしまいまずは生活することが精一杯でした。

そして1ヵ月後の4月6日にACLのアウェイ水原三星戦で公式戦が再開します。

この1ヵ月まともに練習もできず被災した中でも選手たちは勇姿を見せつけてくれました。

また4月23日にはJリーグも再開します。

カシスタは修復が間に合わなかったためホームゲームを国立競技場で行いました。

ACLもグループステージを国立競技場で行っています。

結果は横浜F・マリノスに0−3と惨敗でした。

雨の降り肌寒い中でしたが日常にサッカーが戻ってきた安堵感はある試合だったと記憶しています。

リーグ戦とACLを並行していましたが精神的なストレスからか結果は出ません。

どうにかACLこそグループステージは突破しますが5月25日のラウンド16でFCソウルに0−3で敗れアジア制覇は消えてしまいます。

その後はリーグ戦のみでしたが調子が出てくるのは夏場までかかってしまいました。

7月31日の第19節セレッソ大阪戦から5連勝を含む10試合を6勝4分けとやっと歯車が噛み合い出します。

8月、9月の2ヵ月間は負け知らずでした。

そして10月からナビスコ杯の決勝トーナメントが始まります。

鹿島はACLに参加していたため決勝トーナメントからの参加になり、震災の関係で準々決勝、準決勝、決勝と全て一発勝負でした。

リーグ優勝は絶望的だったためタイトルを獲るにはナビスコ杯しかありません。

そんな雰囲気がある中、神がかった内容で決勝に駒を進めます。

10月5日の準々決勝横浜F・マリノス戦では前半を0−2から後半に興梠慎三、大迫勇也のゴールで2−2にし延長111分に田代有三の決勝点で勝ち上がります。

10月9日の準決勝名古屋グランパス戦も1−1で延長戦に突入します。

そして107分に柴崎岳のプロ入り後初ゴールで辛くも勝利しました。

10月29日の浦和レッズとの決勝も歴史に残る大激闘でした。

両者ともに退場し10人対10人でしたが熱の籠ったいい試合でした。

またしても90分で決着はつかず0−0のまま延長戦に入ります。

鹿島にとって3試合連続の延長戦という痺れる内容でした。

ただ負ける気は一切しない試合でした。

そして105分に歓喜はやってきます。

興梠が左サイドを突破してクロスを上げると田代が落として再度興梠に預けます。

それを左足でダイレクトで折り返すと大迫が合わせました。

FW3人だけで完結したゴールであり個人的には鹿島の歴代トップ3に入る素晴らしい連携から生まれたゴールです。

このゴールで1−0で勝利しナビスコ杯を優勝することができました。

ナビスコ杯は4度目の制覇で15冠目となっています。

2011決勝:浦和vs鹿島

結局リーグ戦は勝ち点50の13勝11分け10敗の6位という成績でした。

東日本大震災で大変な一年であったことは間違いありませんが一度も優勝争いに絡めず不甲斐ない結果に終わります。

そしてリーグ終了後の2週間後に12月17日に天皇杯4回戦が行われました。

相手はJ2の京都サンガF.C.です。

既に今シーズン限りで退任を発表していたオリヴェイラ監督のためにも最後のタイトルを獲りたいところでした。

しかしそのような意気込みとは裏腹に見せ場もなく0−1で終戦となります。

アントラーズが下のカテゴリーのチームに負けたのは1994年の当時東京ガスに敗戦して以来17年振りの屈辱でした。

しかも4回戦で姿を消したのも1999年以来12年ぶりという不名誉でACL出場権も取れず5年間のオリヴェイラ体制は終わりを告げました。

このように2011年はリーグ戦6位、ナビスコ杯優勝、天皇杯ベスト16という結果でした。

これまで2回に渡り、創立10周年の2001年と創立20周年の2011年を振り返ってきました。

過去2度のアニバーサリーはタイトルを一つずつ獲ることができています。

ただ今年の30周年は一つでは満足できません。

サポーターは過去と違いここ数年ずっと悔しい思いをしてきています。

今年はACLに出場できないため国内3大タイトルのみです。

2000年以来の3冠を達成し通算タイトル数を23にしたいですね。

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